島崎藤村ゆかりの地

紅会の敷地は、子安家から譲り受けた地所で、その子安家は文豪島崎藤村と縁戚があり、藤村氏も訪れていたという。

 

 

東金・子安家とのつながりには夫人との結びつきによる。昭和三年、藤村氏は加藤静子さんと結婚し、その二年後に静子さんの姉律子さんが旧正気村家徳の子安大助氏に嫁いだ。それ以来、静子夫人とともに三度程、子安家を訪れている。

藤村は「夜明け前」の最後の場面である半蔵の変死の構想に悩んでいたという。昭和十年に脱稿する前年の初夏、彼は富助一(東金初代図書館長)に会い、文学的談義を語り合った。やがて二人は軌道車(軽便鉄道)に乗り子安宅へ向かう。
「門を入り築山を抜けて少しゆくと竹やぶがあり、若竹が風にゆれているのが見えましたが、折から降り出した雨、そのしとしと降る雨の中を藤村は竹やぶの中に分け入り、竹の笹から滴る雫を全身に浴びながら首をたれたままで、しばらく立っておられました」(広報東金に連載された『東金文学散歩(十二)』より)
小説「夜明け前」本文には、「その暁から降り出した雨は止みそうもない。裏藪の竹の葉にそそぐ音だけでも、一雨ごとにこの山里へ冬のやって来ることを思わせる。」とあります。

旧子安家の建物は残っていませんが、孟宗竹の竹やぶは現在もあって、当時の藤村氏の姿が偲ばれます。


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